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前橋地方裁判所 昭和30年(行)7号 判決 1960年2月15日

原告 有限会社池島商店

被告 前橋税務署長

訴訟代理人 加藤隆治 外七名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三〇年一月三一日付をもつて、原告の昭和二八年四月一日から昭和二九年三月三一日にいたる事業年度の所得金額を三〇一、三〇〇円と更正した処分のうち、九〇、〇一六円を超える部分を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

「一、原告は、肩書場所で、酒類、味そ、しよう油、青果物その他の商品の小売業を営んでいるものであるが、被告に対し、請求の趣旨記載の事業年度(以下、本件年度という。)分の法人税の確定申告として、所得金額を七三、四四六円と申告したところ、被告は、昭和三〇年一月三一日付をもつて、右所得金額を三〇一、三〇〇円と更正し、その旨原告に通知した。原告は、同年二月二日被告に対し、再調査の請求をしたが、被告において同年四月三〇日これを棄却する旨決定し、その旨原告に通知したので、関東信越国税局長に対し、審査の請求をしたところ、同局長も同年八月二五日これを棄却する旨決定し、その旨原告に通知した。

二、しかしながら、原告の本件年度の所得金額は、九〇、〇一六円であるから、本件更正処分中右金額を超える部分は違法として取消をまぬかれない。よつて本訴に及ぶ。」

と述べ、

「一、被告主張二について、原告の備付帳簿が不備だということはない。原告は、営業用帳簿として現金出納帳、総勘定元帳、売掛金補助簿および現金売上帳等を備えつけ正確に記帳していたものである。もつともそのうち現金出納帳および総勘定元帳は、被告主張のように自ら記帳せず、これを税理士である訴外立川二郎に保管させ、同人に原告作成の入出金および振替の各伝票を交付して記帳させてはいたが、右入出金および振替の各伝票は、原告の経理担当者訴外池島宏輔が売上金補助簿(小口売掛金については、代金を受領したときに売上に計上した。)現金売上帳などの補助簿を記張整理するに際し、現金および商品を照合のうえ、これを作成して右立川二郎に交付していたものであつて、現金出納帳および総勘定元帳は、右税理士において単に帳簿上のつじつまを合わせる程度に記帳されていたというようなものではない。本件年度の所得金額は、これによつて十分認定し得るものなのである。

二、同主張三について、本件年度の売上原価、一般管理費および販売費、営業外収益ならびに営業外費用が被告主張のとおりであることは認めるが、被告がその商品総売上高を一〇、六二七、〇五一円と認定したのは誤りである。原告の本件年度の総売上高は、

商品総売上高 一〇、四一二、四三〇円五〇銭

売上値引        二、八〇〇円

差引額    一〇、四〇九、六三〇円五〇銭

であつて、右は、前記帳簿によつて明認し得るものである。

三、同主張四について、本件年度の商品別の売上原価が被告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。特に、被告主張の差益率は、原告の営業所が前橋市の場末に存在し、かつ、その一〇〇メートル以内に酒類および青果物販売店が各三ケ所、味そ、しよう油の販売店が六ケ所もあつて販売競争がはげしく、売上値引を余儀なくされる特殊事情下にあることを加味していない点で不合理である。したがつて、これにもとづき本件年度の売上高を逆算することは許されない。原告の計算によれば、酒類の差益率は八、八四%、他の商品の差益率も被告主張の差益率をはるかに下まわるものである。

四、同主張五について、原告が被告主張のとおり同族会社であつたこと、訴外池島馬之助、同池島宏輔の地位職務内容およびこれに対する報酬又は給与の支給額が被告主張のとおりであつたことは、いずれも認めるが、その余は争う。右池島馬之助、同宏輔は、実際に右の職務に従事したばかりでなく、右馬之助は明治二七年生れで三〇数年にわたつて同業に従来し、かつ、妻タカノを扶養していたし、また、右宏輔は、大正一一年生れで、妻美也子と長女幸恵を扶養しながら独立して生計を営んでいたものであるから、同人らが前記の給与を受けることは当然であつて、これを否認することは許されない。」

と述べた。

被告指定代理人は「主文と同旨」の判決を求め、答弁として、

「一、請求の原因第一項は認める。

二、しかし、原告の本件年度の所得金額は、被告の推計によれば三〇七、四三六円であるから、この金額の範囲内でなされた本件更正処分には、なんらの違法もない。

原告は、本件年度中営業用帳簿として、現金出納帳、総勘定元帳、売掛金補助簿および現金売上帳等を備えつけてはいたが、そのうちの主要簿たる現金出納帳および総勘定元帳を常時税理士である訴外立川二郎に預けておいて、同人において、原告から交付を受けた入出金および振替の各伝票のみにもとづいて、単に、帳簿上の収支のつじつまを合わせる程度にこれを記帳したにすぎず、本来一致すべき右総勘定元帳中の売掛金勘定と売掛金補助簿の両記帳額を対照とすると、本件年度中昭和二九年一月から同年三月までの間だげでも、すでに、二七、九二〇円のひらきがあり、原告が会計学上いわゆる現金主義をもつて処理していたという小口売掛金についても売掛金補助簿と現金売上帳を対照すると右売上帳の入金日における売上計上もれが八、九七三円にのぼるのであつて、原告は、業態上現金小売を主としながら日々の現金の管理を適正に行つていなかつたというほかなく、したがつて、前記帳簿も正確性を欠き、原告の営業内容を正確に把握するに適さないものである。そればかりでなく。原告代表者は、右のような営業用帳簿の不備につき合理的な説明もなし得ず、また、納税義務者としての協力をも欠いたので、被告としては、原告の所得金額を推計により算定するほかなかつたものである。

三、被告が推定した原告の本件年度の収支

別紙記載のとおりである。

四、計算の根拠

被告は、原告の商品総売上高を、商品別の売上原価と差益率により逆算した。

1 原告の商品別の売上原価は、

酒類      六、四三四、六三七円

味そ、しよう油 一、四二五、八七九円

青果物     一、三八一、九九九円

その他の商品     八九、五六五円

である。

2 差益率

(一) 酒類九、二六%

関東信越国税局管内における原告の同業類似法人の標準差益率(以下、標準差益率という。)を調査したところ酒類は九、二六%(計算上九、二七%であるが原告の利益に解し、九、二六%とする。)であるが、被告が前橋市内における原告の同業類似法人有限会社大矢酒店の酒類売上原価とこの差益率により、同店の酒類売上高を逆算したところ、同店が実際に算出した酒類売上高との差が六四七円にすぎなかつたからこれを妥当と推定し、

(二) 味そ、しよう油一七、四〇%

味そ、しよう油の標準差益率は、一七、四〇%であるが、被告が前橋市内における原告の同業類似法人有限会社渡辺酒店の味そ、しよう油の差益率を調査したところ、二三、一三%であつたから右一七、四〇%を妥当な差益率と推定し、

(三) 青果物一九、〇〇%

青果物の標準差益率は、一八、三〇%であるが、青果物は、多種類から季節的商品であるため、地方品の出まわり状況を加味する必要上、被告が前橋市内における原告の同業類似法人の青果物の差益率を調査したところ

有限会社阿部商店 一九、九〇%

同   石川商店 一七、五〇%

同   金井商店 二〇、四〇%

であつたから、右各差益率と前記標準差益率一八、三〇%の平均値一九、〇〇%を妥当な差益率と推定し、

(四) その他の商品二〇、〇〇%

その他商品については、原告が本訴外で被告に対し認めていたところにしたがい、二〇、〇〇%を妥当な差益率と推定した。なお、標準差益率は、関東信越国税局管内の各税務署長が法人税申告の当否を判定する場合の資料とするため、右税務署長らが、その管内の法人につき業種別に調査した結果を集録した「効率調査事績表」およびこれを集計した「法人の効率表」によるものである。この標準差益率と被告が現実に調査した差益率を考慮して推定した前記各差益率は、いずれも、売上値引損、商品破損等の事情を当然に加味しているものである。

3 前記各差益率と商品別の売上原価から、各商品の売上高を逆算し、その合計額一〇、六三五、六六二円と右商品別の売上原価の合計額九、三三二、〇八〇円とにより原告方の本件年度における全商品を通じての平均差益率を算出すれば、つぎのとおりである。

売上原価

差益率

売上高

酒類

六、四三四、六三七円

九、二六%

七、〇九一、二九〇円

味そ、しよう油

一、四二五、八七九

一七、四〇

一、七二六、二四五

青果物

一、三八一、九九九

一九、〇〇

一、七〇六、一七一

その他の商品

八九、五六五

二〇、〇〇

一一一、九五六

九、三三二、〇八〇

平均  一二、二五

一〇、六三五、六六二

算式

(売上高合計額-売上原価合計額/売上高合計×100=平均差益率)

(10,635,662円-9,332,080円/10,635,662円×100=12.25%)

しかして、右売上原価は、仕入値引益六、八四二円を含むものであるからこれを控除し、その差額と右平均差益率により原告の本件年度における商品総売上高を逆算すれば、つぎに示すとおり一〇、六二七、〇五一円である。

算式

(売上原価-仕入値引益)÷平均差益率=商品総売上高

(9,332,080円-6,842円)÷(100-12.25%)=10,627,051円

すなわち、右商品総売上高から、別紙記載の売上原価、一般管理費および販売費ならびに営業外費用、同収益にもとづき原告の本件年度の所得金額を計算すれば前記のとおり三〇七、四三六円となる次第である。

五、(予備的主張)

原告は、代表取締役とその親族の出資金額が会社の全出資額の一〇〇分の六六に相当し、法人税法第七条の二第一項第一号(昭和二九年法律第三八号による改正前の規定)に該当する同族会社である。

ところで、原告は本件年度において、その代表取締役兼酒類仕入担当者訴外池島馬之助に対し、報酬および給与計二四〇、〇〇〇円、経理担当者訴外池島宏輔に対し、給与計一六二、〇〇〇円を各支給したものとして、その損益計算をしているけれども、被告の調査によれば、原告は、その業態上右池島馬之助をして酒類仕入担当者を兼務させ、右池島宏輔を経理担当者として専従させる必要がなかつたものである。よつて、被告は、右報酬、給与の額を、原告と業種、業態、規模等において類似する他の法人の場合と比較し、不当に高額と認められる右池島馬之助に対する一二〇、〇〇〇円、同池島宏輔に対する八〇、〇〇〇円計二〇〇、〇〇〇円を給与として計算することを否認した。

したがつて、かりに、原告の差益率が、その主張のとおりであるとしても、右二〇〇、〇〇〇円を加算すれば、原告の所得金額は本件処分額を上まわることになるから、本件更正処分には、原告主張のような違法はない。」

と述べた。

(証拠省略)

理由

請求の原因第一項については、当事者間に争いがない。

そこで、本件更正処分の適否について判断する。

一、成立に争いのない甲第一号証の四、五、甲第二号証の六、証人立川二郎、同小林末男の各証言および原告代表者尋問の結果(第一回)を合わせると原告は営業用帳簿として現金出納帳、総勘定元帳、売掛金補助簿および現金売上帳等を備えつけていたが、そのうち現金出納帳、総勘定元帳を税理士である訴外立川二郎に預けておき、同人において、原告作成の入出金および振替の各伝票のみにもとづきこれに記帳していたものであつて、右伝票は、原告の経理担当者であつた訴外池島宏輔が売掛金補助簿、現金売上帳等の補助簿に記帳された金額を集計して作成し、これを月毎に一括して右立川二郎方に届けていたものであるが、右各補助簿は、右池島宏輔だけが記帳していたものではなく、他の従業員らも随時これが記帳をしていたもので、その記帳の正確性を担保するものはなく、現に、現金主義によつて処理されていた小口売掛金について見ても、売掛金補助簿に入金の記帳があれば、当然現金売上帳にも、同日付で同額の入金の記帳があるべきなのに、右売上帳の記帳もれが本件年度のほぼ全般にわたつて存在し、その合計は被告主張のように八、九七三円にのぼることが認められる。そうすると、補助簿につき他にも同種の売上金計上もれがないとはいえないので、たとえ、原告主張のように右補助簿と各伝票の記載が一致したとしても、右伝票および原告備付の営業用誌帳簿が、その営業内容を正確に表明しているものということができない。そればかりではなく、右諸帳簿を除いては、原告の所得金額を明らかにする直接的資料もなく、前記記帳もれ等営業用帳簿の不備欠陥につき原告が合理的な説明をなし得ないことは、弁論の全趣旨により明らかであるから、被告が原告の所得金額を推計により算出したとしても、やむを得ないことというべきであり、そして原告の商品別の売上原価が被告主張のとおりであることは当事者間に争いがないところであるから、これと差益率とによりその売上高を逆算したこともまた合理的方法として許されるものといわなければならない。

二、差益率についての判断

成立に争いがない乙第七号証、証人小林末男の証言により成立を認める乙第六号証の一ないし一〇、同第八、第九号証、同第一二号証の一ないし八、同第一三ないし第一五号証および同証人の証言を合わせれば、関東信越国税局長は、その管下の各税務署長がその管内の法人につき業種業態別にその商品別の差益率等を調査した結果である「効率調査事績」(酒および調味料小売業については標準算定期間を昭和二八年五月から昭和二九年九月までとして、酒につき一〇法人、調味料につき、そのうちの八法人、果物および野菜の小売業については、標準算定期間を昭和二八年六月から昭和二九年七月までとして八法人につき、それぞれ調査)を統計的に集計して「法人の効率表」を作成していること、右「効率調査事績表」「法人の効率表」によれば、標準差益率は、

(一)  酒類九、二七%

(二)  調味料一七、四〇%

(三)  果物および野菜一八、三〇%

であること、および被告が原告の差益率を推定するにあたり、酒類につき、前橋市内における原告と業態等を等しくする同業類似法人有限会社大矢酒店の酒類売上原価と右差益率九、二七%により同店の酒類売上高を逆算したところ、同店が実際に算出した酒類売上高との差が一、〇〇〇円以下であつたこと、調味料につき前橋市内における原告と業態を等しくする同業類似法人有限会社渡辺酒店の味そ、しよう油の差益率を調査したところ二〇、〇〇%を超えるものであつたこと、果物および野菜につき前橋市内における原告と業態を等しくする同業類似法人有限会社阿部商店、同石川商店、同金井商店の各差益率を調査し、これと前記標準差益率一八、三〇%を平均したところ、その結果は一九、〇〇%であつたことが認められる。その他の商品については、その差益率が二〇、〇〇%であることは、これを認めるに足る的確な証拠はないけれども、原告訴訟代理人の尋問に対して原告代表者は、原告方の本件年度の全商品を通じての差益率は一一、〇〇%である旨述べ(第一回)ているところから見ると、右差益率はすくなくとも一一、〇〇%以下には下らないことが推認できる。以上の事実によると、被告主張の各差益率は、関東信越国税局管内における原告の同業類似法人の標準差益率に、原告営業所々在地におけるその同業類似法人の差益率をも考慮して推定したものということができるから、これを原告の売上高を算出する基準として用いることは合理的であるというべきである。

しかるに、原告は、被告主張の各差益率につき、原告営業所の立地条件その他の特殊事情が加味されていない点に不合理性があり、原告の差益率は、その計算によれば酒類は八、八四%であり、他の商品の差益率も被告主張の差益率をはるかに下まわる旨主張し、これにそう原告代表者の供述(第一、二回)があるけれども、前記各差益率(ただし、その他の商品の差益率一一、〇〇%を除く)は、前述のように、原告とほぼ同一の業態にあるものと認められる類似法人の差益率をも考慮して算出されているので、該特殊事情も自ら右考慮のうちに含まれているということができるし、また原告主張の右差益率は計数上の根拠を欠くので、これを採用することができず、他に、原告の主張を認めて前記の認定をくつがえすに足る証拠はない。

三、右各差益率(ただし、酒類については、被告主張にしたがい九、二六%として計算する)と前記商品別の売上原価から商品別の売上高を逆算すれば

区分

種類

売上原価

差益率

売上高

酒類

六、四三四、六三七円

九、二六%

七、〇九一、二九〇円五〇銭

味そ、しよう油

一、四二五、八七九

一七、四〇

一、七二六、二四五円七六銭

青果物

一、三八一、九九九

一九、〇〇

一、七〇六、一七一円六〇銭

その他の商品

八九、五六五

一一、〇〇

一〇〇、六三四円八三銭

九、三三二、〇八〇

一〇、六二四、三四二円六九銭

であり、したがつて、原告の本件年度における商品総売上高は、一〇、六二四、三四二円六九銭である。

四、所得金額の計算

原告の本件年度の

売上原価が          九、三二五、二三七円五〇銭

一般管理費および販売費合計が 一、〇七一、四五七円

営業外収益が            七九、四三九円

営業外費用合計が           二、三五七円

であることは、当事者間に争いがない(被告は売上原価を別紙損益計算書記載のとおり九、三二五、二四〇円一五銭と主張するが、被告の主張する商品別売上原価の合計額より、その主張にしたがい、仕入値引益六、八四二円五〇銭を控除すれば九、三二五、二三七円五〇銭であるから、前記九、三二五、二四〇円一五銭は誤記と認める。)ところであるから、これと右商品総売上高一〇、六二四、三四三円六九銭にもとづき、その所得金額を計算すれば三〇四、七〇〇円(国等の債権債務等の金額の端数計算に関する法律第五条により一〇〇円未満を切り捨てる。)である。(なお、前記原告代表者の供述のとおり、その全商品を通じての差益率を一一、〇〇%として計算しても、その売上高合計は、一〇、四八五、四八三円一五銭であつて、所得金額は、一六五、八〇〇円である。)

五、そうすると、被告が右所得金額の範囲内でなした本件更正処分は、その余の点につき判断するまでもなく適法であるから、これが取消を求める本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 水野正男 荒木秀一 原島克己)

(別紙省略)

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